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「失敗為成功之母」は20代まで。

今私は色々な事に臆病になっている。それはとても良い事である。
何故なら私は「失敗を恐れたら成功はしない」というマインドだったからだ。
そこから抜け出せたのはとてもいい事だと私は考えている。

失敗からしか学べない

世の中は何故相反する存在が存在するのか?それは相反する存在がないと存在出来ないからだ。
例えば何故「男」という性別があるのか、それは「女」という性別が存在するからだ。
もしこの世界が全員「男」なら、わざわざ「男」という単語、ましてや「性別」という単語もそもそも必要がないのだ。

つまり「失敗」を知らなければ「成功」を知る事はないという事だ。

失敗から学ばないのはただの馬鹿である

では何故若い内にお金を払ってても苦労しろだとか、失敗しろと言われるのだろうか?
「成功」をする為なのか?

否!

成功が目的になると目的と手段が完全に逆転してしまう
ここは是非多くの指導者や親にも指導や教育をする際に注意して欲しい部分だ。

そもそも人生の目的

人間が生きている事に宇宙にとって世界にとっても意味はない。
そもそも意味というのは個々の意識が見出すモノだ。
だから「意思」を持っている生きている命のみが考えるモノだ。

だが宇宙にとって意味はなくても授かった命、生きている事に代わりはない。
せっかく生きているのだから、全ての命が考える事は共通して一つでしかない。
それは「仕合せ(幸せ)になりたい」という事である。

幸せになる為に成功する、その為に失敗するのだ

若いうちに失敗しておけば大人になった時に失敗しない。
そうすれば家庭を持っても守ってあげられる。
培った経験や知恵を自分の子供に授けてあげられるようになる。

だから30代を過ぎても、20代と同じように失敗を恐れずにツッコむのは勇気ではなくただの無謀である。
「過去に成功した事があるから自信を持て」と教える人がいるが、自分に力があるのを認識する事は大事だが、過去の成功と今立ち向かおうとしている事は無関係なので引き合いに出すのは間違っているというモノだろう。

大人の定義

30代を過ぎたらと言ったが、正確には「大人になったら」である。
大人の定義は人によって様々だ。

「20歳を過ぎれば」とか
「社会に出れば」とか

色々あるが、20歳を過ぎても社会に出ても、
生き方や接し方が変わっても、価値観自体はそうそう変わらないだろう。

なので年齢や環境に関係なく自分の価値観を変えざるをえない、
つまり嫌が応にも成長せざるを得ない「守るモノが出来た時」に人は大人になると、私は定義する。

成功から何を学んだかが重要である

事業に成功しても人間関係がめちゃくちゃだったら孤独になる。
恋愛が上手く行っても仕事が上手く行かなければ愛する者も守れないだろう。

生物には生死があり、命の連鎖があるのなら、
間違いなく命を授かった生命体として最終のミッションは子孫を残し、
一人前に育て、脈々と受け継がれてきた遺伝子を残していく事だろう。

一人の人間の心情としては「自分の子供が仕合せに生きていけるようになったのを見届けてから死にたい」というのが最も純粋な本音だろう。

考えすぎるという事は存在しない

考えすぎる事で良くない事があるとすれば、
それはメンタル的に病んでしまったり、状況的にこれ以上考察する意味がないのに考察してしまう効率の悪さくらいである。

だが、しっかりした考え方を知っていれば病む事も効率が悪くなる事もないだろう。
むしろ考える事が足りないからずっとずっと悩みが解消されないのだ。

そしてこんな事を言っている私に私の親友はきっとこういうだろう。
考えてても行動を起こさなければ意味はないよ

まったく仰る通りです。謝謝。

-@Bigphill, 哲学, 日記
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